Ⅰ章 本ガイドラインについて

胃癌治療ガイドラインの目的と対象

 胃癌は本邦で最も罹患率の高い悪性腫瘍であり,男性で最多,女性では乳癌,大腸癌についで多い。胃癌は世界的に減少傾向にあるが,日本では人口の高齢化に伴い罹患患者数は男女ともにいまだ増加傾向を示している。今日,本邦で発見される胃癌のほぼ半数が早期癌であり,内視鏡的切除などさまざまな低侵襲治療法の開発が進む一方,進行癌に対する化学療法の選択肢も増えてきたが,全国の医療機関で,これら多様化する治療法の適用に格差がある。

 このような状況において,本ガイドラインは,胃癌治療に携わる医師を対象とし,1)胃癌の治療法についての適正な適応を示すこと,2)胃癌治療における施設間差を少なくすること,3)治療の安全性と治療成績の向上を図ること,4)無駄な治療を廃して人的・経済的負担を軽減すること,5)医療者と患者の相互理解に役立てること,を目的とする。

 本ガイドラインは治療の適応についての目安を提供するものであり,ガイドラインに記載した適応と異なる治療法を施行することを規制するものではない。本ガイドラインは,本邦の胃癌臨床研究が本ガイドラインの推奨する治療を標準治療群に設定して計画・展開されることを期待している。


作成主体

 本ガイドラインは,日本胃癌学会理事長が任命したガイドライン作成委員会が作成し,これを独立した評価委員会が評価し,日本胃癌学会理事会が承認して発行する。作成にあたっては,学会におけるコンセンサスミーティングでの討議や,評価委員会が施行するアンケート調査結果を参照する。


作成の基本方針

 本ガイドラインは,胃癌に対する手術,内視鏡的切除,化学療法のそれぞれに関して,治療法の定義,および推奨される治療法と適応を示す。推奨される治療法の選択のために,臨床診断に沿ったアルゴリズムを作成する。また,日常臨床の参考として,胃癌手術のクリニカルパスと術後フォローアップのモデルを呈示する。

 本ガイドラインは,2001年の初版以来,いわゆる教科書形式を採用しており,十分なエビデンスまたはコンセンサスを有する治療法をまず本文として記述し,これを補足するものとしてクリニカル・クエスチョンとその解説を作成している。

 原則として英文論文化されて一定の評価とコンセンサスが確立したものを推奨治療とする。ただし,日本人を含む質の高い臨床試験で得られた結論で,しかるべき学会で発表され,かつガイドライン委員の90%以上の支持を得たものは,英文論文化前であっても例外的に掲載することとした。

 胃癌治療に関しては,本学会の他にも日本消化器内視鏡学会および日本内視鏡外科学会が独自のガイドラインを策定しているが,両学会のガイドライン委員の主要メンバーが本ガイドライン作成委員会に所属しており,学会間で異なる推奨内容とならないよう調整している。

 本ガイドライン作成委員会は定期的に召集され,ガイドラインの記載に値すると考えられる新しいエビデンスが発表された場合や,ガイドラインの実臨床での利用に問題が生じたと思われる場合にこれを討議する。新しいエビデンスに関しては,作成・評価・承認の通常の手順を経て,学会ホームページ上で速報として公開する。


本ガイドラインの推奨とエビデンスレベルの表記

 日常臨床として推奨する治療法はエビデンスに基づくものであることを原則とするが,手術および内視鏡的切除に関する記述の多くは,胃癌研究会(1962~1998年)時代からの本邦独自の膨大なデータ蓄積により形成されたコンセンサスに基づいており,治療法ごとのエビデンスレベルや推奨の強弱は原則として記していない。

 一方,化学療法に関しては本邦独自のランダム化比較試験や,本邦が参加したグローバル試験によるレベルの高いエビデンスが生まれてきた。本ガイドラインではこれらを厳密に吟味し,「推奨されるレジメン」と「条件付きで推奨されるレジメン」に分け,前者についてはMinds診療ガイドライン作成マニュアルver. 2.0に準じたエビデンスレベルを併記している。

 クリニカル・クエスチョンでは,手術・内視鏡・化学療法の各領域を担当するガイドライン作成委員のコンセンサスに基づき可能な限り強弱をつけて推奨を示し,化学療法に関する解説ではエビデンスレベルも併記している。


ガイドラインの公開と利用の仕方

 本ガイドラインが胃癌治療の現場で広く利用されるよう小冊子として出版し,また学会のホームページなどでも公開する。

 胃癌治療法の説明と同意に当たり,医師は患者とともに本ガイドラインを参照し,各治療法の位置づけと内容を平明に説明して患者の理解を得るよう努めることが望ましい。ガイドラインで推奨する治療法と異なる治療を行おうとする場合は,なぜその治療法を選択するのかを患者に説明し,十分な理解を確認する必要がある。