胃癌治療ガイドライン 医師用2021年7月改訂 第6版

Ⅲ章 資料

クリニカル・クエスチョン(CQ)

重要臨床課題 7残胃癌に対する治療

CQ15 残胃癌に対して脾摘を伴うリンパ節郭清は推奨されるか?

推奨文

残胃進行癌で大彎に浸潤する病変に対しては,脾摘を伴う脾門リンパ節郭清を行うことを弱く推奨する。(合意率100%(6/6),エビデンスの強さD)大彎に浸潤しない病変に対しては,行わないことを弱く推奨する。(合意率100%(6/6),エビデンスの強さD)

解説

 本CQに対する推奨の作成を行ううえで,残胃癌に対し胃全摘を施行する際の脾摘の有無を比較した場合の「再発,死亡」「術後合併症」をアウトカムとして設定した。

 MEDLINEで“remnant gastric cancer”,“gastrectomy”,“splenectomy”,“splenic hilar dissection”,“thrombosis”,“pneumonia”のキーワードで検索した。医中誌,Cochrane Libraryも同様のキーワードで検索した。検索期間は2019年9月までとした。上記のキーワードにて116編が抽出された。一次スクリーニングで41編,二次スクリーニングで22編の論文が抽出された。脾摘群と脾温存群を比較した論文は,いずれも日本からの後ろ向き観察研究であり,前向き研究はみられなかった。

 2020年5月,Kataiら[1]は,本邦の胃癌登録を用いた残胃進行癌の大規模なコホート研究結果を報告している。この論文は比較研究ではないが,本邦の多数例を用いた郭清効果を検討した重要論文であるため,本ガイドラインで取り上げた。

 大彎に浸潤しない初発の上部進行胃癌に対しては,脾摘と脾温存を比較した臨床試験(JCOG0110)により,脾摘が合併症を増加させる一方で,脾温存の非劣性が証明されている[2]。一方,脾門リンパ節の転移頻度は非大彎病変で2.4%[2]だったのに対し大彎病変では13.4~16.7%と高い[3‒5]。脾門リンパ節の郭清効果が大彎病変で高いことも報告されている[3‒5]。大彎病変に対しては脾摘を伴う脾門リンパ節郭清の意義が否定されていない。

 残胃癌では,初回手術の影響でリンパ流が変化しリンパ節転移様式も変化している可能性があるが,初回手術で郭清していない胃領域リンパ節が郭清されてきた。残胃進行癌に対しては,脾門リンパ節の完全郭清を目的として,脾摘が行われることも多い。残胃癌における脾門リンパ節の転移頻度は15~30.4%と報告されている[6‒8]。これまで,残胃癌に対して,脾摘と脾温存を比較した前向き研究はなく,脾摘の選択に大きなバイアスがかかった後ろ向き研究しかない。

 Watanabeら[4]は,非大彎病変に対する脾摘34例と脾温存31例,および大彎病変に対する脾摘19例と脾温存9例の生存曲線を比較している。生存曲線は,非大彎病変および大彎病変ともに,脾摘群に対し脾温存群で逆に上回っているように見えるが有意差はない。脾門リンパ節転移率は大彎病変の16.7%に対し非大彎病変では2.0%,脾門リンパ節郭清効果は大彎病変で6.3だったのに対し非大彎病変では0と,脾摘による脾門リンパ節郭清には一定の郭清効果がある可能性もある。Sugitaら[9]は,T3/T4に対し,脾摘群(n=17)が脾温存群(n=10)に比し有意に生存曲線が上回っていた。しかしながら,いずれの報告も症例数が限られた後ろ向き研究である。

 Kataiら[1]は,本邦の胃癌登録データを用いた残胃進行癌3,174例(初回良性1,194例,初回悪性1,841例)のリンパ節転移と転移陽性例の5年生存率,および郭清効果について報告している。初回悪性であった場合,脾門リンパ節転移率は非大彎病変で7.3%(10/137)であったのに対し大彎病変で36.8%(14/38),郭清効果は非大彎病変で2.4であったのに対し大彎病変で10.5,といずれも大彎病変で高かった。また,大彎病変での脾門リンパ節の郭清効果は,他のどの領域リンパ節よりも高く,最も郭清効果の高いリンパ節であることが示されている。初回良性であった場合には,脾門リンパ節転移率は非大彎病変で15.4%(23/149)であったのに対し大彎病変で29.8%(14/47)と大彎病変での転移率が高かったが,郭清効果は非大彎病変で5.6であったのに対し大彎病変で2.4と大彎病変ではむしろ低かった。なお,Kataiらの報告では,初回良性・悪性に分けての初回病変に対する手術術式の詳細は記載されていない。

 合併症を比較した,3つの後ろ向き研究[4,9,10]は,いずれも,脾摘により合併症が増加することを示している。これら3つの後ろ向き研究のメタアナリシスでは,リスク比2.02[95%信頼区間:1.36‒3.00]と脾摘により有意に合併症が増加している。これらの報告は,JCOG0110の結果とも一致している。

 以上より,初回悪性の残胃進行癌で大彎に浸潤する病変に対しては,脾摘を伴う脾門リンパ節郭清を行うことを弱く推奨する。大彎に浸潤しない病変に対しては,これを行わないことを弱く推奨する。


引用文献

[1] Katai H, Ishikawa T, Akazawa K, et al: Optimal extent of lymph node dissection for remnant advanced gastric carcinoma after distal gastrectomy: a retrospective analysis of more than 3000 patients from the nationwide registry of the Japanese Gastric Cancer Association. Gastric Cancer 2020; 23: 1091‒101.

[2] Sano T, Sasako M, Mizusawa J, et al: Randomized Controlled Trial to Evaluate Splenectomy in Total Gastrectomy for Proximal Gastric Carcinoma. Ann Surg 2017; 265: 277‒83.

[3] Maezawa Y, Aoyama T, Yamada T, et al: Priority of lymph node dissection for proximal gastric cancer invading the greater curvature. Gastric Cancer 2018; 21: 569‒72.

[4] Watanabe M, Kinoshita T, Morita S, et al: Clinical impact of splenic hilar dissection with splenectomy for gastric stump cancer. Eur J Surg Oncol 2019; 45: 1505‒10.

[5] Yura M, Yoshikawa T, Otsuki S, et al: The Therapeutic Survival Benefit of Splenic Hilar Nodal Dissection for Advanced Proximal Gastric Cancer Invading the Greater Curvature. Ann Surg Oncol 2019; 26: 829‒35.

[6] Sasako M, Maruyama K, Kinoshita T, et al: Surgical treatment of carcinoma of the gastric stump. Br J Surg 1991; 78: 822‒4.

[7] Ohashi M, Morita S, Fukagawa T, et al: Surgical treatment of non-early gastric remnant carcinoma developing after distal gastrectomy for gastric cancer. J Surg Oncol 2015; 111: 208‒12.

[8] Kodera Y, Yamamura Y, Torii A, et al: Gastric stump carcinoma after partial gastrectomy for benign gastric lesion: what is feasible as standard surgical treatment? J Surg Oncol 1996; 63: 119‒24.

[9] Sugita H, Oda E, Hirota M, et al: Significance of lymphadenectomy with splenectomy in radical surgery for advanced(pT3/pT4)remnant gastric cancer. Surgery 2016; 159: 1082‒9.

[10]Iguchi K, Kunisaki C, Sato S, et al: Evaluation of Optimal Lymph Node Dissection in Remnant Gastric Cancer Based on Initial Distal Gastrectomy. Anticancer Res 2018; 38: 1677‒83.


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