付録
Quality Indicatorによる胃がん医療の均てん化・実態に関する研究 2015年症例解析結果(一部2017年)
胃癌治療ガイドラインは,わが国において標準治療を広く医療現場に周知して適切に普及することを目的としており,その影響を追跡したり課題の所在を検討したりするのに医療の実態を知る事が重要である。Quality Indicator(QI)研究は,都道府県がん診療連携拠点病院連絡協議会がん登録部会を主体として実施されてきたもので,全国の参加施設から提供された「院内がん登録」と「DPC導入の影響に係る調査」のデータ(以下,DPCデータ)に対して,胃癌治療ガイドライン委員を含む専門家が選定した検討項目について集計解析を行い各参加施設に対してそれぞれのQIの項目についての結果をフィードバックしている。本付録においてはQI研究事業の中で報告書としてまとめ施設に返却している内容のうち,胃がんに関する部分を胃がん診療向上に資するため提供するものである。
院内がん登録はがん医療の均てん化およびその実態把握を目的とし,がん診療連携拠点病院の指定要件として整備され,2016年からはがん登録推進法においては専門施設の努力義務として法的な位置づけを獲得している。この登録情報は罹患情報や初回治療の情報を含み,患者特性や各病院のがん診療の実態を明らかにするデータである。DPCデータでは診療行為の内容が列挙されているため,院内がん登録と連携させることによりどのような患者に,いつどのような診療行為がなされたかを検討することが可能となる。検討項目は,標準治療のみではなく,診断過程の検査等必ずしも標準治療が確立していない場合についても,実態を表す項目についても指標とした。これらを総合してがん医療の均てん化の実態把握を行うものであり,臨床現場とガイドラインをつなぐ役割を果たすものと期待されている。本章においてはその概要を記す。尚,これらのデータ源では,治療開始施設において実施された診療行為が行われたかどうかのみが集計されていることから,他院治療や臨床判断などの理由の追加調査をさらに協力施設を募って,項目に示された診療が実施されなかった症例への未実施理由の収集と集計を行った。研究の方法などの概要は,https://www.ncc.go.jp/jp/cis/divisions/health_s/health_s/010/index.htmlに掲載している。
●方法
全国の院内がん登録実施施設を募集対象として,参加施設をつのり,院内がん登録(2015/1/1~12/31 診断例)と対象症例に関するDPCデータ(2014/10/1~2016/12/31)を収集,専門家パネルにより策定された標準診療(Quality Indicatorとした)と注目すべき項目(実態指標と呼ぶ)に関して集計した。
●施設特性
全436施設(うち都道府県がん診療連携拠点病院42施設(国立がん研究センター中央病院を含む),地域がん診療連携拠点病院248施設,その他134施設)
●患者特性
N=56122,年齢(SD):70.9(10.4),男性(%):39,400(70.2%)
病期(UICC第7版):Ⅰ期(%):35,903(64.0),Ⅱ期(%):4,655(8.3),Ⅲ期(%):5,669(10.1),Ⅳ期(%):9,712(17.3)
初回治療の内訳:外科的手術14,733件,内視鏡治療23,316件,化学療法13,209件
436施設における施設当たりの治療実態(2015年)
・手術患者数*:平均58.3件(最小値:3,最大値:502,中央値:48)
・内視鏡治療患者数*:平均62.1件(最小値:0,最大値:568,中央値:48)
・化学療法患者数:平均35.0件(最小値:1,最大値:242,中央値:30)
・手術患者割合*:平均50.8%(最小値:18.8%,最大値:100%,中央値:50.2%)
・内視鏡治療患者割合*:平均47.8%(最小値:0%,最大値:81.4%,中央値:48.4%)
・化学療法患者割合:平均30.9%(最小値:11.6%,最大値:69.0%,中央値:30.2%)
*注:初診患者に対し診断日より1年以内に,手術,内視鏡治療,化学療法のあった症例数。複数回行っていても,患者ごとに1とカウント。そのため,全手術件数よりも少なめになることに注意。
●解析結果
解析結果は表1,表2の通り。それぞれの項目で,対象患者とそれらの患者において標準適応となる診断,治療が示され,実際の実施率が集計されている。
項目 | 分母 | 分子 | 436施設 | |
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患者数 | 実施率 | |||
治療前診断 | ||||
1 | 化学療法前のHER2検査(st3) | 4,735 | 56.3% | |
切除不能進行胃癌で初回化学療法が行われた患者数 | 初回化学療法前にHER2テストを実施した患者数 | |||
留意点:前医で行った検査の捕捉がDPCではできないことに注意。 | ||||
2 | トラスツズマブ使用前の心エコー検査(st4) | 1,262 | 71.6% | |
トラスツズマブを使用した患者数 | 投与前に心エコー検査を実施した患者数 | |||
留意点:前医で行った検査の捕捉がDPCではできないことに注意。 | ||||
内視鏡 | ||||
3 | 内視鏡治療後在院日数(<7日)(st6) | 21,508 | 51.6% | |
ESD/EMR患者で入院した患者数 | ESD/EMRから7日以内に退院した患者数 | |||
留意点:治療日が在院日数1日目として,それを含めて7日以内の退院とする。 | ||||
4 | 内視鏡治療患者のピロリ検査(st7) | 23,098 | 64.8% | |
胃癌でESD/EMRが行われた患者数 | ヘリコバクター・ピロリ菌検査が行われた患者数 | |||
留意点:今後は,さらにEMR/ESDより大分前に除菌を行い,すでにピロリのステータスがわかっている患者が増えるため,実施率と診療の質が必ずしも連動するものではなく,解釈の難しい項目である。前医で行った検査の捕捉ができない。 | ||||
手術 | ||||
5 | 治療前StageⅡ・Ⅲ胃癌患者への腹腔洗浄細胞診(st8) | 8,795 | 80.4% | |
治療前StageⅡ,Ⅲの胃癌で外科的切除(開腹,腹腔鏡下を含む)を受けた患者数 | 腹腔洗浄細胞診を受けた患者数 | |||
留意点:Stageは胃癌取扱規約と異なり,手術所見を含まない。 | ||||
6 | 外科手術後在院日数(<14日)(st11) | 25,377 | 54.2% | |
胃癌で外科的切除が行われた患者数 | 手術日から14日以内に退院した患者数 | |||
留意点:手術日を1日目として始めた在院日数との観点から,治療日も含めて14日以内の退院とする。 | ||||
化学療法 | ||||
7 | 化学療法開始前10日以内の血液検査(st13) | 15,239 | 89.9% | |
化学療法(内服または注射)が処方された患者数 | DPCデータ中最初の化学療法前の10日間以内に血算・生化学検査(BUN,Cr,T-Bil,AST,ALT,Na,Cl,K)を行っている患者数 | |||
留意点:基本的検体検査実施料,外来迅速検体検査実施料,血液学的検査判断料,生化学的検査(Ⅰ)判断料,基本的検体検査判断料の算定でも実施としたため,実際よりも実施率を過剰評価している可能性がある。前医や他院で行った検査の補足ができない。 | ||||
8 | 術後補助化学療法の開始時期(st14) | 7,137 | 38.8% | |
pStageⅡまたはⅢ(pT1,pT3N0を除く)の胃癌で外科的切除術を受けた患者数 | 手術後6週間以内に術後補助療法が開始された患者数 | |||
留意点:各種臨床試験が進行中であることも鑑み,薬種を限定しないQIとした。術後合併症,併存症のため6週間以内に実施できない場合もある。 | ||||
9 | 切除不能進行胃癌患者への化学療法選択(st15) | 4,735 | 65.4% | |
切除不能進行胃癌で初めて化学療法で治療が行われた患者数 | 初回の化学療法で(S—1またはカペシタビン)および(シスプラチンまたはオキサリプラチン)が使用された患者数 | |||
留意点:平成28年9月よりオキサリプラチンの胃癌への適応拡大が認められたため,QIとしては,S-1+オキサリプラチン,カペシタビン+オキサリプラチンも含めている。 | ||||
10 | 化学療法中の検査間隔:CT・MRI(st16) | 2,513 | 78.6% | |
切除不能進行胃癌で化学療法が施行され2回以上CTまたはMRIが施行された患者数 | すべてのCTまたはMRI検査の間隔が4ヶ月以内である患者数 | |||
留意点:CT,MRIはDPCのコード自体が撮影部位を区別されないため,たまたま他の部位を撮影した場合にもカウントされていることに注意する必要がある。また,前医や他院で行った検査の補足ができない。 |
項目 | 分母 | 分子 | 2015年436施設 | 2017年532施設 | ||
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患者数 | 実施率 | 患者数 | 実施率 | |||
J1 | 切除不能進行胃がんへの適切な体制による緩和ケア(st18) | 2,540 | 29.9% | 3,092 | 30.0% | |
切除不能進行胃癌症例で化学療法がおこなわれなかった患者数 | 緩和ケア診療加算が1度以上算定された患者数 | |||||
限界点:厚生労働大臣が定める施設基準に適合しているものとして届け出を行った施設のみに算定資格が与えられるものであるため,限定的な対象施設数にとどまることや転院後の算定を拾うことができない。緩和ケア実施の目安でしかない。 | ||||||
J2 | 病理標本作成後の免疫染色(st2) | ―* | ―* | 3,882 | 43.3% | |
深達度sm胃癌(T1b)でESD/EMRが行われ病理標本が作製された患者数 | 免疫染色による脈管侵襲の検索が行われた患者数 | |||||
限界点:2015年まで対象者をsmに限定できていないため,実態指標に分類されている。2017年からはT1b限定。 | ||||||
J3 | 治療前T1N0胃癌患者への内視鏡治療(st5) | ―* | ―* | 28,784 | 85.8% | |
分化型のcT1aN0胃癌患者数 | ESD/EMRが行われた患者数 | |||||
限界点:2015年まで対象者をcT1aに限定できていないため,実態指標に分類されている。2017年からはT1a限定。 | ||||||
J4 | 治療前StageⅡ・Ⅲ胃癌への幽門側胃切除患者への腹腔鏡手術施行率(st9x) | 5,192 | 17.2% | 6,109 | 22.0% | |
治療前StageⅡ,Ⅲの胃癌で幽門側胃切除を受けた患者数 | 腹腔鏡下で手術が行われた患者数(低い値を予想) | |||||
限界点:胃癌治療ガイドライン2014年(p18)で,cStageⅠの胃癌については「腹腔鏡下手術を考慮しても良い」とされているが,「cStageⅡ以上の胃癌については,腹腔鏡下幽門側胃切除を推奨する根拠は極めて乏しい」とされている。 | ||||||
J5 | 治療前StageⅠ胃全摘患者への腹腔鏡手術施行率(st10x) | 2,989 | 45.2% | 2,931 | 47.0% | |
治療前StageⅠの胃癌で胃全摘を受けた患者数 | 腹腔鏡下で手術が行われた患者数(低い値を予想) | |||||
限界点:StageⅠに対して胃全摘を腹腔鏡下で行うかどうかについては,胃癌治療ガイドライン2018 年版においては考慮して良いが根拠はないとされている。 | ||||||
J6 | 治療前StageⅠ胃癌手術患者への噴門側胃切除(st12x) | 1,321 | 38.2% | 1,414 | 51.8% | |
U領域の治療前StageⅠ胃癌患者で胃全摘あるいは噴門側胃切除を施行された患者数 | 噴門側胃切除を受けた患者数 | |||||
限界点:U領域の胃癌に関しては,噴門側胃切除は術後QOLの向上を目指した術式であるが,術式選択の判断に関する統一した見解はない。 |
●未実施理由を加味した解析結果
未実施理由として,「患者の希望」「腎,肝障害」「併存症」「合併症」「全身状態の低下」「転院」「算定漏れ」などが挙がり,その分布の詳細は,前述国立がん研究センターホームページの報告書に掲載されている。
協力施設は全参加施設の30%程度ではあるが,検討のために,施設における未実施理由の内訳が全参加施設における未実施症例の理由の内訳とおおよそ類似するものと仮定して,妥当な未実施理由を加味した実施率を推計した。結果は表3の通りである。
項目 | QIタイトル | 理由の加味なし | 理由の加味あり | |
---|---|---|---|---|
2015年 | 2017年 | 2015年 | ||
1 | 化学療法前のHER2検査 | 56.3% | 58.1% | 83.0% |
2 | トラスツズマブ使用前の心エコー検査 | 71.6% | 73.5% | 75.9% |
3 | 内視鏡治療後在院日数(<7日) | 51.6% | 58.8% | 66.6% |
4 | 内視鏡治療患者のピロリ検査 | 64.8% | 60.2% | 84.5% |
5 | 治療前StageⅡ・Ⅲ胃癌患者への腹腔洗浄細胞診 | 80.4% | 81.8% | 85.1% |
6 | 外科手術後在院日数(<14日) | 54.2% | 57.3% | 87.6% |
7 | 化学療法開始前10日以内の血液検査 | 89.9% | 91.2% | 91.3% |
8 | 術後補助化学療法の開始時期 | 38.8% | 36.6% | 85.9% |
9 | 切除不能進行胃癌患者への化学療法選択 | 65.4% | 68.2% | 88.2% |
10 | 化学療法中の検査間隔:CT・MRI | 78.6% | 80.0% | 84.0% |
●経時的変化
未実施理由についての検証も終わっているデータは2015年症例である。ただ最新では2017年症例のデータのみの結果が施設に返却されており,未実施理由の収集はこれからであるがその実態指標および未実施理由を加味しない結果も報告する(表2,3)。施設数が532施設と増えているが,あまり実施率自体に大きな変化は見られていない。実態指標のうち二つ(表2注J2,J3(管理番号st2,st5))は2015年時点ではT分類の亜分類がデータ上存在せず対象者が絞り込めないことから実態指標であったが,2017年では亜分類の入力が開始されたため2015年の値は表示せず,2017年の値のみを表示している。
●結果の解釈上の注意
本章で報告されているのは,主に全国のがん診療連携拠点病院を中心とした院内がん登録実施施設のうち自主参加でデータ提供いただいた施設における標準診療の実際の実施率を集計した結果である。標準診療は必ずしも全例に適応となるのではなく,個別の患者には様々な理由があって困難または適切でないことがある。つまり,標準治療を実施することがすべての患者の利益になるわけではないことを留意すべきであるものの,実臨床での診療実態を把握することの意義があると考えての報告であることにご留意をお願いする。
●QI解析担当/QI検討委員
氏名 | 所属 |
QI解析担当 | |
東 尚弘 | 国立がん研究センター がん対策情報センター |
QI検討委員 | |
小田 一郎 | 国立がん研究センター中央病院 内視鏡科 |
小野 裕之 | 静岡県立静岡がんセンター 内視鏡科 |
小嶋 一幸 | 東京医科歯科大学医学部附属病院 胃外科 |
設楽 紘平 | 国立がん研究センター東病院 消化管内科 |
島田 英昭 | 東邦大学外科学講座一般・消化器外科学分野 |
布部 創也 | がん研有明病院 消化器センター胃外科 |
深川 剛生 | 国立がん研究センター中央病院 胃外科 |
藤城 光弘 | 東京大学医学部附属病院 光学医療診療部 |
朴 成和 | 国立がん研究センター中央病院 消化管内科 |
山口 研成 | がん研有明病院 消化器化学療法科 |
QIの解析,検討をいただいた先生方に,この場を借りて厚く御礼申し上げます。