Ⅱ章 治療法
C切除不能進行・再発例に対する化学療法(CQ18~CQ25)
切除不能進行・再発胃癌に対する化学療法は,最近の進歩により高い腫瘍縮小効果(奏効率)を実現できるようになった。しかし,化学療法による完全治癒は現時点では困難である。国内外の臨床試験成績からは生存期間の中央値(median survival time:MST)はおおよそ15カ月である41,42)。癌の進行に伴う臨床症状の改善や発現時期の遅延および生存期間の延長が当面の治療目標である。
化学療法の臨床的意義は,Performance status(PS)0‒2の症例を対象とした,抗癌剤を用いない対症療法(best supportive care:BSC)群と化学療法群との無作為化比較試験において,化学療法群における生存期間の延長が検証されたことからその意義が認められている43‒45)。また少数例ではあるが5年以上の長期生存も得られている。したがって,切除不能進行・再発症例あるいは非治癒切除(R2)症例に対して化学療法は第一に考慮されるべき治療法である。
➊切除不能進行・再発胃癌に対する化学療法の適応の原則
切除不能進行・再発症例,あるいは非治癒切除(R2)症例で,全身状態が比較的良好,主要臓器機能が保たれている場合は化学療法の適応となる。具体的な条件としては,PS0‒2で,局所進行,遠隔リンパ節,他臓器への遠隔転移を有するなどが挙げられる。
ⓐ適応規準の目安
化学療法実施の際には,以下の条件を参考に適応を判断する。
①病理組織診断が確認されている。
②PS0‒2。PS3以上の場合には化学療法は一般的に推奨されず,安全性と効果を考慮して慎重に適応を判断する(大量の腹水や高度の腹膜播種を伴う場合には,特に安全性に配慮する)。
③主要臓器機能が保たれている。
④重篤な併存疾患を有さない。
⑤患者本人からのインフォームド・コンセントが得られている。
ⓑ治療実施に関連した注意点
①治療前には,PS,身長,体重,自覚症状,他覚所見,血液検査結果(ウイルス肝炎関連検査を含む)などの全身状態を確認し,CTなどの画像で病変を評価する。
②治療効果はCT,上部消化管内視鏡・造影検査などの適切な画像診断を用いて,治療前の画像および最も縮小の得られた時点の画像と比較し,原則として2‒3カ月毎に判定する。腫瘍縮小割合は,胃癌取扱い規約,Response Evaluation Criteria in Solid Tumors(RECIST)等により判定し,治療継続の参考とする。
③治療開始後は,それまでの治療に関わる有害事象と効果を勘案し,エビデンスのもとになった臨床試験を参照して,継続の可否および休薬,薬剤投与量変更の要否を判断する。蓄積性の有害事象(皮膚障害,味覚障害,末梢神経障害等)にも注意する。
④B型肝炎ウイルス(HBV)キャリアおよび既感染者に対して化学療法を実施する際は,HBV再活性化の予防のため,ガイドライン*に沿って対策を行う。
*日本肝臓学会肝炎診療ガイドライン作成委員会編「B型肝炎治療ガイドライン(第3.3版)」2021年1月版 6‒3.HBV再活性化
https://www.jsh.or.jp/lib/files/medical/guidelines/jsh_guidlines/B_v3.3.pdf
ⓒ治療薬剤
化学療法で主に用いられるのは,5‒フルオロウラシル(5‒FU),テガフール・ギメラシル・オテラシルカリウム(S‒1),レボホリナートカルシウム,カペシタビン,シスプラチン,オキサリプラチン,イリノテカン,ドセタキセル,パクリタキセル,ナブパクリタキセル,トリフルリジン・チピラシル(FTD/TPI),トラスツズマブ,ラムシルマブ,ニボルマブ,ペムブロリズマブ,トラスツズマブ デルクステカンなどである。これらを用いた単独療法および併用療法は,その有用性が臨床試験によって検証されたものを使用する。
❷化学療法レジメンの推奨度の定義と治療アルゴリズム
本ガイドライン本文における個々の化学療法レジメンに対する「推奨度」は,臨床試験のエビデンスだけでなく,本邦における日常診療を鑑みて,以下の2つに分けた。
ⓐ推奨されるレジメン
それぞれの臨床試験の適格規準を満たすような良好な全身状態の患者を対象として,最も推奨されると考えられるレジメン。下記のいずれかの条件を満たす。
1)国内外を問わず,比較試験によって全生存期間における優越性または非劣性が検証されるなど,臨床的有用性が確かである。
2)国内外を問わず,特定の患者集団に対する複数の臨床試験によって再現性のある有効性が示されるなど,臨床的有用性が確かであると考えられる。
3)国内外を問わず,複数の第Ⅲ相比較試験によって対照群に用いられるなど,標準治療の一つであると考えられる。
ⓑ条件付きで推奨されるレジメン
個々の患者の病態,年齢,臓器機能,合併症などの全身状態,入院の要否,通院距離・頻度,費用などの社会的要因や,副作用に対する患者の希望などの理由により,「推奨される」レジメンを用いることが困難,あるいは,それ以外のレジメンを行う方がむしろ妥当と判断される場合を想定して,下記のいずれかの条件を満たすレジメン
1)「推奨される」レジメンの使用が適切でない理由が想定可能であり,その理由となる状況での臨床的有用性があると考えられる。
2)明らかなエビデンスはないが,本邦において日常診療で広く用いられている,他の臨床試験結果からの考察などを根拠として,臨床的有用性があると考えられる。
日本胃癌学会ガイドライン作成委員会の7名の腫瘍内科医によってコンセンサス(70%以上の一致)が得られた化学療法レジメンに限定して推奨度を最終的に決定し,本ガイドライン本文(図8,9)に記載したが,これは本ガイドラインに記載されていないレジメンを「推奨しない」ことを意味するものではなく,例えば,「推奨される」または「条件付きで推奨される」ことに対して「50%以上であるが70%未満」などの賛成が得られたレジメンについても記載していない。日常診療では,本ガイドラインに記載されていない化学療法レジメンを用いることが妥当な場合もあり,治療選択において本ガイドラインを参照する際には注意を要する。
また,高齢や臓器機能低下,合併症などにより,「推奨される」レジメンが使用困難な場合に,「推奨される」レジメンを減量やスケジュール変更して用いることと,「条件付きで推奨される」レジメンを用いることの選択については,さまざまな条件に限定された対象での臨床試験がほとんどないため優先順位をつけることはできず,個々の症例に応じて慎重に決定すべきである。また,治療決定においては,患者との共有意思決定が重要である。
❸切除不能進行・再発胃癌に対する一次化学療法
HER2陽性胃癌におけるトラスツズマブを含む化学療法が標準治療として位置づけられていることから,一次治療前にHER2検査を行うことが強く推奨される。HER2検査の方法は,免疫組織学的検査,in situハイブリダイゼーション(ISH)検査である。
ⓐHER2陰性胃癌
国内で実施された第Ⅲ相試験であるJCOG9912試験46)とSPIRITS試験47)との結果から,S‒1+シスプラチン(SP)療法が最も推奨されるレジメンである。カペシタビン+シスプラチン(XP)療法は,海外において5‒FU+シスプラチン(FP)療法に対する非劣性が証明された後,標準治療の一つとして,ToGA試験48)やAVAGAST試験49)の対照群の治療として採用され,両試験における日本人症例のサブグループ解析においてもその安全性と有効性が示されていることから,最も推奨されるレジメンである。本邦で2014年に保険適応となったオキサリプラチンを含む,カペシタビン+オキサリプラチン(CapeOX)療法は,海外のエピルビシンとの併用下の第Ⅲ相試験でのサブセット解析ではあるが,FP療法と同等以上の有効性が示されている50)。またS‒1+オキサリプラチン(SOX)療法も,G‒SOX試験によりSP療法とほぼ同等の有効性を示した41)。これらのオキサリプラチン併用療法は,大量の輸液を要さないなどシスプラチンを併用したSP/XP療法よりも簡便な治療法である。さらに5‒FU+レボホリナートカルシウム+オキサリプラチン(FOLFOX)療法は,最近の比較試験でも対照群の治療として用いられており51,52),本邦でも保険償還されるようになり,選択肢になり得る。これらのFP療法を除くフッ化ピリミジン系薬剤とプラチナ系薬剤の併用療法が切除不能進行・再発胃癌に対する一次化学療法の「推奨される」レジメン(図8)である。
2020年9月までに,胃癌の一次治療における免疫チェックポイント阻害剤の有用性について検討した3つのランダム化試験(KEYNOTE‒062, ATTRACTION‒4, CheckMate649)が報告されている(CQ23参照)。これらの試験の結果に基づき一次治療における免疫チェックポイント阻害剤が承認されれば,一次化学療法の「推奨される」レジメンを追加・変更する予定である。
また,経口摂取不能,あるいは高度腹膜転移症例(中等度以上の腹水貯留や腸管狭窄を呈している症例)や高齢者のみを対象とした臨床試験は少なく,標準的な治療レジメンは定まっていないが,いくつかのレジメンは条件付きで推奨される(CQ19)。
ⓑHER2陽性胃癌
HER2陽性の定義は,ToGA試験では対象症例をIHC3+またはFISH陽性とされていた48)。そのサブグループ解析で,IHC3+,またはIHC2+かつFISH陽性のHER2高発現群に限った場合,生存期間の延長がより明確に示されたことから,実地臨床においては,IHC3+,またはIHC2+かつFISH陽性症例にトラスツズマブを含む化学療法を行うことが推奨される。なお進行・再発胃癌におけるHER2陽性(IHC3+,またはIHC2+かつFISH陽性)の頻度は約15%と報告されている。現時点では5‒FUの持続静注は用いられることが少なくなったため,ToGA試験で使われたカペシタビン+シスプラチン+トラスツズマブ療法および第Ⅱ相試験で再現性のある有効性が示されたS‒1+シスプラチン+トラスツズマブ療法,カペシタビン+オキサリプラチン+トラスツズマブ療法およびS‒1+オキサリプラチン+トラスツズマブ療法も「推奨される」レジメンである53‒58)。
❹切除不能進行・再発胃癌に対する二次治療
二次化学療法後においても,化学療法群とベストサポーティブケア(BSC)群との比較試験における延命効果や,治療薬剤間の比較試験における良好な成績が確認された。そのため全身状態が良好な症例では二次治療を行うことが推奨される。
ドイツ59),韓国60),英国61)からの報告より,化学療法群(イリノテカンもしくはドセタキセル)とBSC群との比較において,いずれも全生存期間における化学療法群の優越性が検証された。またわが国からは,WJOG4007試験が報告され,イリノテカンのパクリタキセルに対する全生存期間の優越性は検証されなかったが,いずれの治療群も生存期間中央値が9カ月前後と良好な成績が認められた62)。これらの単剤療法は,下記のパクリタキセル+ラムシルマブ療法が使用できない場合などに,条件付きで推奨される。
パクリタキセル単剤療法に対し,パクリタキセル+ラムシルマブ療法の全生存期間における優越性が第Ⅲ相試験(RAINBOW試験)により示されたため63),パクリタキセル+ラムシルマブ療法が現時点で「推奨される」レジメンである。REGARD試験にて二次治療以降のラムシルマブ単剤療法もBSC群との比較で生存期間の延長を示した。以上より,何らかの理由によりパクリタキセル+ラムシルマブ療法を用いることができない場合には,パクリタキセル,ドセタキセル,イリノテカン,ラムシルマブの単剤療法が「条件付きで推奨される」レジメンである。また,2013年に本邦で保険承認となったナブパクリタキセル(パクリタキセル注アルブミン懸濁型)は,ABSOLUTE試験においてナブパクリタキセル(毎週法)のパクリタキセル単剤療法に対する非劣性が検証され64),ラムシルマブとの併用の第Ⅱ相試験の結果から一定の有効性も確認されており,いずれも「条件付きで推奨される」レジメンである。
一方,HER2陽性胃癌に対する一次治療としてトラスツズマブを含む併用療法を実施した後に,二次治療においてもトラスツズマブを継続する意義については本邦で行われたランダム化試験(WJOG7112G)の結果から否定的であり,行わないことを強く推奨する(CQ25参照)。現時点ではHER2陽性についてもHER2陰性と同様の二次治療が推奨される。後述するようにHER2を標的とするトラスツズマブ デルクステカンによる三次治療以降の有効性が示されているものの,二次治療における有用性は進行中の臨床試験において検討される予定である。
高頻度マイクロサテライト不安定性(MSI‒High)を有する胃癌に対しては,免疫チェックポイント阻害剤の一つである抗PD‒1抗体ペムブロリズマブの有効性が高いため,MSI検査は二次治療前に実施することを強く推奨する。進行・再発胃癌におけるMSI-Highの頻度は約3-5%である。ペムブロリズマブは,がん化学療法後に増悪した進行・再発のMSI‒Highを有する固形癌に対する治療薬として承認されている。本ガイドラインでは以下の理由により,MSI‒Highを有する胃癌に対するペムブロリズマブ単剤療法を二次治療以降の「推奨される」レジメンとする。(1)胃癌を含むKEYNOTE‒158試験の解析により,比較的良好な奏効率と無増悪生存期間が得られていること。(2)日本人を含む第Ⅲ相試験(KEYNOTE‒061試験)のMSI‒High集団のサブセット解析で,ペムブロリズマブ単剤療法のパクリタキセル単剤療法を上回る治療成績が示唆されたこと。ただし,MSI‒High集団を対象としたペムブロリズマブとパクリタキセル+ラムシルマブ併用の直接比較はなされていない。したがって,現時点ではMSI‒High胃癌患者に対して,パクリタキセルとラムシルマブ併用療法とペムブロリズマブのいずれが優先されるかは結論できない。
2020年9月現在,一次治療における免疫チェックポイント阻害剤は承認されていないものの,承認された場合には二次治療におけるペムブロリズマブ(MSI‒Highの場合)は,前治療において免疫チェックポイント阻害剤が使用されていない場合にのみ推奨される。
❺切除不能進行・再発胃癌に対する三次治療以降
二次化学療法終了後に良好な全身状態が維持されている場合には,三次化学療法を考慮すべきであるが,化学療法の適応については慎重に判断すべきである。
全身状態の良好な症例に対する三次治療以降の化学療法としてニボルマブ,イリノテカン,FTD/TPIによる化学療法を「推奨される」レジメンとする。韓国で行われた二次治療・三次治療のドセタキセルもしくはイリノテカンとの比較において,化学療法による生存延長が示され,三次治療のサブグループ解析においても有効性が示唆された。パクリタキセルとラムシルマブが二次治療として推奨されることから,イリノテカンは三次治療で用いられることが現在の主流となっている。
ニボルマブとFTD/TPIはいずれも二つ以上の化学療法を行われた対象に対して,プラセボと比較して生存期間延長を示しており(ATTRACTION‒2試験,TAGS試験),いずれも三次治療以降の「推奨される」レジメンである。一方でニボルマブ,イリノテカン,FTD/TPIを直接比較した試験はないため,現時点ではこれらの薬剤の優劣や適切な投与順序については明らかではない。
HER2に対する抗体薬物複合体であるトラスツズマブ デルクステカンは,アジアで行われたランダム化第Ⅱ相試験において,二つ以上の化学療法を行われたHER2陽性進行胃癌に対して,標準的な化学療法(イリノテカンもしくはパクリタキセル)と比較して有意に奏効割合が高く,また生存期間を延長したことが報告された。DESTINY-Gastric01試験においては奏効割合と生存期間の二つのエンドポイントにおいて,これらを合わせたαエラーが0.05未満になるように設定されており,さらに中間解析での優位水準を下回っているので,症例数は少ないものの,統計学的には検定ベースで延命効果が検国内で実施された第Ⅲ相試験であるJCOG9912試験証されたといえる。トラスツズマブ デルクステカンは,HER2陽性例に限定してではあるが,胃癌の三次治療で化学療法と比較して生存延長が確認された唯一の薬剤であり,HER2陽性胃癌の三次治療としてトラスツズマブ デルクステカンが推奨される。
2020年9月現在,一次治療における免疫チェックポイント阻害剤は承認されていないものの,承認された場合には三次治療以降におけるニボルマブは,前治療において免疫チェックポイント阻害剤が使用されていない場合にのみ推奨される。