Ⅱ章 治療法
切除不能進行・再発胃癌に対する化学療法は,最近の進歩により高い腫瘍縮小効果(奏効率)を実現できるようになった。しかし,化学療法による完全治癒は現時点では困難であり,国内外の臨床試験成績からは生存期間の中央値(median survival time:MST)はおおよそ6~14カ月である34,35)。癌の進行に伴う臨床症状の改善や発現時期の遅延および生存期間の延長が当面の治療目標である。
化学療法は,performance status(PS)0‒2の症例を対象とした抗癌剤を用いない対症療法(best supportive care:BSC)群と化学療法群とのランダム化比較試験において,化学療法群における生存期間の延長が検証されたことから,その臨床的意義が認められている36-38)。また少数例ではあるが長期生存(5年以上)も得られている。したがって,切除不能進行・再発症例あるいは非治癒切除(R2)症例に対して,化学療法は第一に考慮されるべき治療法である。
切除不能進行・再発症例,あるいは非治癒切除(R2)症例で,全身状態が比較的良好,主要臓器機能が保たれている場合は化学療法の適応となる。具体的な条件としては,PS 0‒2で,局所進行,遠隔リンパ節,他臓器への遠隔転移を有するなどがあげられる。
化学療法実施の際には,以下の条件を参考に適応を判断する。
化学療法で主に用いられるのは,フルオロウラシル(5-FU),レボホリナートカルシウム,テガフール・ギメラシル・オテラシルカリウム(S-1),カペシタビン,シスプラチン,オキサリプラチン,イリノテカン,ドセタキセル,パクリタキセル,ナブパクリタキセル,トラスツズマブ,ラムシルマブ,ニボルマブなどである。これらを用いた単独療法および併用療法は,その有用性が臨床試験によって検証されたものを使用する。
本ガイドラインにおける個々の化学療法レジメンに対する「推奨度」は,臨床試験のエビデンスだけでなく,本邦における日常診療を鑑みて,以下の2つに分けた。
それぞれの臨床試験の適格規準を満たすような良好な全身状態の患者を対象として,下記のいずれかの条件を満たすレジメン。
1)国内外を問わず,第Ⅲ相比較試験によって全生存期間における優越性または非劣性が検証されるなど,臨床的有用性が確かである。
2)国内外を問わず,特定の患者集団に対する複数の第Ⅱ相試験によって再現性のある有効性が示されるなど,臨床的有用性が確かであると考えられる。
3)国内外を問わず,複数の第Ⅲ相比較試験によって対照群に用いられるなど,標準治療の1つであると考えられる。
個々の患者の病態,年齢,臓器機能,合併症などの全身状態,入院の要否,通院距離,頻度,費用などの社会的要因や,副作用に対する患者の希望などの理由により,「推奨される」レジメンを用いることが困難,あるいは,それ以外のレジメンを行う方がむしろ妥当と判断される場合を想定して,下記のいずれかの条件を満たすレジメン。
1)「推奨される」レジメンの使用が適切でない理由が想定可能であり,その理由となる状況での臨床的有用性があると考えられる。
2)明らかなエビデンスはないが,本邦において日常診療で広く用いられている,他の臨床試験結果からの考察などを根拠として,臨床的有用性があると考えられる。
日本胃癌学会ガイドライン作成委員会の6名の腫瘍内科医によってコンセンサス(70%[5/6]以上の一致)が得られた化学療法レジメンに限定して推奨度を最終的に決定し,本ガイドライン(図8,9)に記載したが,これは本ガイドラインに記載されていないレジメンを「推奨しない」ことを意味するものではなく,例えば,「推奨される」または「条件付きで推奨される」ことに対して「50%以上であるが70%未満[4/6]」などの賛成が得られたレジメンについても記載していない。日常診療では,本ガイドラインに記載されていない化学療法レジメンを用いることが妥当な場合もあり,治療選択において本ガイドラインを参照する際には注意を要する。
図 8 推奨される化学療法レジメン
注:このアルゴリズムは,それぞれのエビデンスとなった臨床試験の適格規準を満たすような良好な全身状態の患者を想定して,「推奨される」レジメンに限定して記載した。
レジメンの後の( )内はエビデンスレベルを示す。
図 9 条件付きで推奨される化学療法レジメン(アルファベット順)
また,高齢や臓器機能低下,合併症などにより,「推奨される」レジメンが使用困難な場合に,「推奨される」レジメンを減量やスケジュール変更して用いることと,「条件付きで推奨される」レジメンを用いることの選択については,様々な条件に限定された対象での臨床試験がほとんどないため優先順位をつけることはできず,個々の症例に応じて慎重に決定すべきである。
それぞれの化学療法レジメンについてのエビデンスレベルは,「推奨される」レジメンに限定して,Minds診療ガイドライン作成マニュアルver.2.0に準じ,下記の規準で記載した。ただし,「推奨される」レジメンを用いることが困難,あるいは,それ以外のレジメンを行う方がむしろ妥当と判断される様々な場合を想定した「条件付きで推奨される」レジメンについては,それぞれの状況に特化したエビデンスがほとんどないため,エビデンスレベルを記載しないこととした(表4)。
表 4 エビデンスレベル
エビデンス総体のエビデンスの強さ
HER2陽性胃癌におけるトラスツズマブを含む化学療法が標準治療として位置づけられたことから,一次治療前にHER2検査を行うことが強く推奨される。HER2検査の方法は,免疫組織学的検査,in situハイブリダイゼーション(ISH)検査などである。
国内で実施された第Ⅲ相試験であるJCOG9912試験39)とSPIRITS試験40)との結果から,S-1+シスプラチン併用療法(SP療法)が最も推奨されるレジメンである(エビデンスレベルA)。カペシタビン+シスプラチン併用療法(XP療法)は,海外において5-FU+シスプラチン併用療法(FP療法)に対する非劣性が証明された後,標準治療の一つとして,ToGA試験35)やAVAGAST試験41)の対照群の治療として採用された。両試験における日本人症例のサブグループ解析においてもその安全性と有効性が示されていることから,最も推奨されるレジメンである(エビデンスレベルA)。本邦で2014年に保険適応となったオキサリプラチンを含む,カペシタビン+オキサリプラチン併用療法(CapeOX療法)は,エピルビシンとの併用下の海外の第Ⅲ相試験でのサブセット解析ではあるが,FP療法と同等以上の有効性が示されている(エビデンスレベルB)42)。またS-1+オキサリプラチン併用療法(SOX療法)も,G-SOX試験によりSP療法とほぼ同等の有効性を示した(エビデンスレベルB)43)。これらのオキサリプラチン併用療法は,大量の輸液を要さないなどシスプラチンを併用したSP/XP療法よりも簡便な治療法である。さらに5-FU+レボホリナートカルシウム+オキサリプラチン併用療法(FOLFOX療法)は,最近の比較試験でも対照群の治療として用いられているが(エビデンスレベルB)44,45),本邦でも保険償還されるようになり,特に,経口摂取不能の場合などの選択肢になり得る。これらのFP療法を除くフッ化ピリミジン系薬剤とプラチナ系薬剤の併用療法が切除不能進行・再発胃癌に対する一次化学療法の「推奨される」レジメン(図8)であり,その使い分けが大切であると考えられる(CQ13)。
S-1+ドセタキセル併用療法は,START試験の主解析ではS-1単独療法に対して生存期間における有意な差が検証されなかったが,追加解析において生存期間延長が示唆された46)。上記のプラチナ製剤の併用が適応とならない症例など,限定的な対象に推奨されるレジメンである(条件付き推奨)(CQ14)。
イリノテカン+シスプラチン併用療法やイリノテカン+S-1併用療法はいずれもS-1単独療法と比較して生存期間の延長を検証できなかったことから,一次治療として推奨できない39,47)。
3剤併用療法に関して,欧米のV325試験の結果からドセタキセル+シスプラチン+5-FU併用療法の有用性が認められたが48),有効性と毒性のバランスが問題とされており,国内での経験が少ない。一方,ドセタキセル+シスプラチン+S-1併用療法(DCS療法)の第Ⅱ相試験の結果を受けて,DCS療法とSP療法を比較するJCOG1013試験が行われており,DCS療法は臨床試験段階であるとの認識が必要である。このように,一次治療におけるタキサン系薬剤を含む3剤併用療法の一般臨床での使用は現時点では推奨できない。
また,経口不可,あるいは高度腹膜転移症例(中等度以上の腹水貯留や腸管狭窄を呈している症例)や高齢者のみを対象とした臨床試験は少なく,標準的な治療レジメンは定まっていないが,いくつかのレジメンは条件付きで推奨される(CQ21)。
HER2陽性の定義は,ToGA試験では対象症例をIHC3+またはFISH陽性とされていた35)。そのサブグループ解析で,IHC3+,またはIHC2+かつFISH陽性のHER2高発現群に限った場合,生存期間の延長がより明確に示されたことから,実地臨床においては,IHC3+,またはIHC2+かつFISH陽性症例にトラスツズマブを含む化学療法を行うことが推奨される。現時点では5-FUの持続静注は用いられることが少なくなったため,ToGA試験で使われたカペシタビン+シスプラチン+トラスツズマブ併用療法(エビデンスレベルA)および2つの第Ⅱ相試験で再現性のある有効性が示されたS-1+シスプラチン+トラスツズマブ併用療法(エビデンスレベルB)が「推奨される」レジメンである49,50)。
一方,カペシタビン+オキサリプラチン+トラスツズマブ併用療法およびS-1+オキサリプラチン+トラスツズマブ併用療法については第Ⅱ相試験の結果51,52)が報告されており,CDDPが使用できない場合など条件付きで推奨される。
二次化学療法後においても,化学療法群とベストサポーティブケア(BSC)群との比較試験における延命効果や,治療薬剤間の比較試験における良好な成績が確認された。そのため全身状態が良好な症例では二次化学療法を行うことが推奨される。
ドイツ53),韓国54),英国55)からの報告より,化学療法群(イリノテカンもしくはドセタキセル)とBSC群との比較において,いずれも全生存期間における化学療法群の優越性が検証された。また本邦からは,WJOG4007試験が報告され,イリノテカンのパクリタキセルに対する全生存期間の優越性は検証されなかったが,いずれの治療群も生存期間中央値が9カ月前後と良好な成績が認められた56)。これらの単剤療法は,パクリタキセル+ラムシルマブ併用療法が使用できない場合などに,条件付きで推奨される。
パクリタキセル単独療法に対し,パクリタキセル+ラムシルマブ併用療法の全生存期間における優越性が第Ⅲ相試験(RAINBOW試験)により示されたため57),パクリタキセル+ラムシルマブ併用療法が現時点で「推奨される」レジメンである(エビデンスレベルA)(CQ16)。REGARD試験にて二次治療以降のラムシルマブ単独療法もBSC群との比較で生存期間の延長を示した。以上より,何らかの理由によりパクリタキセル+ラムシルマブ併用療法を用いることができない場合には,パクリタキセル,ドセタキセル,イリノテカン,ラムシルマブの単独療法が「条件付きで推奨される」レジメンである。また,2013年に本邦で保険承認となったナブパクリタキセル(パクリタキセル注アルブミン懸濁型)は,ABSOLUTE試験においてナブパクリタキセル(毎週法)のパクリタキセル単独療法に対する非劣性は検証されており58),ラムシルマブが使用できない場合など,「条件付きで推奨される」レジメンである。一方,HER2陽性胃癌に対する一次治療としてトラスツズマブを含む併用療法を実施した後に,二次治療においてもトラスツズマブの継続が有効かどうかは,未だ明らかではない(CQ17)。