胃癌治療ガイドライン 医師用2021年7月改訂 第6版

Ⅱ章 治療法

A手術CQ115

手術の種類と定義

治癒手術における定型手術と非定型手術

1)定型手術

 主として治癒を目的とし標準的に施行されてきた胃切除術法を定型手術という。胃の2/3以上切除(噴門側胃切除を除く)とD2リンパ節郭清を行う(リンパ節郭清の定義はⅡA-3(p.18)を参照)。

2)非定型手術

 進行度に応じて切除範囲やリンパ節郭清範囲を変えて行う非定型手術には,縮小手術と拡大手術がある。

(1)縮小手術:切除範囲やリンパ節郭清程度が定型手術に満たないもの(D1,D1+など)。

(2)拡大手術:①他臓器合併切除を加える拡大合併切除手術,②D2を超えるリンパ節郭清を行う拡大郭清手術。

非治癒手術

 治癒が望めない症例に対して行う手術で,その目的から緩和手術と減量手術に分けられる。

1)緩和手術(姑息手術:palliative surgery)

 治癒切除不能症例における出血や狭窄などの切迫症状を改善するために行う手術で,StageⅣ症例に対する日常診療としての選択肢の一つである。腫瘍による狭窄や持続する出血に対し,安全に胃切除が行える場合は姑息的胃切除が行われるが,切除が困難または危険な場合には胃空腸吻合術などのバイパス手術が行われる。幽門狭窄を有する症例に対する外科的介入はQOLを維持し,経口摂取の改善につながること1),QOLが維持された症例では良好な予後が得られることが報告されている2)

2)減量手術(reduction surgery)

 切除不能の肝転移や腹膜転移などの非治癒因子を有し,かつ,出血,狭窄,疼痛など腫瘍による症状のない症例に対して行う胃切除術をいう。腫瘍量を減らし,症状の出現や死亡までの時間を延長するのが目的であるが,日韓合同のランダム化比較試験(REGATTA試験)3)では減量手術の延命効果は認められず,全身化学療法が施行可能な症例では,これを行わないことが強く推奨される。


胃の切除範囲

胃手術の種類 

 胃癌に対して行われる手術は,切除範囲の多い順に以下のようなものがある。

 ①胃全摘術(Total gastrectomy:TG)

  噴門(胃食道接合部)および幽門(幽門輪)を含んだ胃の全切除。

 ②幽門側胃切除術(Distal gastrectomy:DG)

  幽門を含んだ胃切除。噴門は温存。定型手術では胃の2/3以上切除。

 ③幽門保存胃切除術(Pylorus‒preserving gastrectomy:PPG)

  胃上部1/3と幽門および幽門前庭部の一部を残した胃切除。

 ④噴門側胃切除術(Proximal gastrectomy:PG)

  噴門(食道胃接合部)を含んだ胃切除。幽門は温存。

 ⑤胃分節切除術(Segmental gastrectomy:SG)

  噴門,幽門を残した胃の全周性切除で,幽門保存胃切除に該当しないもの。

 ⑥胃局所切除術(Local resection:LR)

  胃の非全周性切除。

 ⑦非切除手術(吻合術,胃瘻・腸瘻造設術)


 なお手術後の残胃に発生した癌に対する手術には以下のものがある。

 ⑧残胃全摘術(Completion gastrectomy)

  初回手術の術式にかかわらず,噴門または幽門を含む残胃の全切除。

 ⑨残胃亜全摘術(Subtotal resection of remnant stomach)

  噴門を温存する遠位側残胃切除。

胃切除範囲の決定

1)切離断端距離の確保

 治癒を目指す手術では,腫瘍の辺縁から十分な断端距離が取れるよう切除範囲を決定する。

 T2以深の場合,限局型の腫瘍では3cm以上,浸潤型では5cm以上の近位側断端距離を術中判定において確保するよう努める。断端距離がこれより短く断端陽性が疑われる場合は,腫瘍に近い切離断端部の全層を迅速病理診断に提出し,断端陰性を確認することが望ましい。食道浸潤胃癌では5cm以上の断端の確保は必ずしも必要ではないが,断端の迅速病理診断を行うことが望ましい。

 T1腫瘍では,肉眼的に2cm以上の切離断端距離を確保するよう努める。辺縁が不明瞭な腫瘍で切離断端が近くなることが予想される場合は,術前内視鏡生検により腫瘍辺縁を確認してマーキングを行い,術中の切除範囲の決定に供することが望ましい。

2)切除術式の選択

 cN(+)またはT2以深の腫瘍に対する定型手術においては,通常,幽門側胃切除術か胃全摘術かの選択となる。幽門側胃切除術は,前項の近位側切離断端距離を確保できる腫瘍が適応となり,胃全摘術はこの確保が難しい腫瘍が適応となる。近位側切離断端が確保できる病変でも,膵浸潤のために膵脾合併切除が行われる場合は,必然的に胃全摘術となる。また大彎病変では,脾摘を伴う胃全摘術も考慮する。食道胃接合部領域の腺癌では噴門側胃切除も行われるCQ14

 cN0のT1腫瘍に対しては,腫瘍の位置に応じて以下の切除範囲の縮小を考慮してもよい。

 ①幽門保存胃切除術(PPG):胃中部の腫瘍で,遠位側縁が幽門から4cm以上離れているものCQ4。分節胃切除との区別に関しては,幽門下動静脈の支配領域を温存するものをPPG,それより口側の血管を温存するものを分節胃切除とする。

 ②噴門側胃切除術(PG):胃上部の腫瘍で,1/2以上の胃を温存できるものCQ5

 胃局所切除術および胃分節切除術は,いまだ研究的な手術法とみなすべきである。


リンパ節郭清

 リンパ節郭清範囲D1/D1+/D2を以下のように術式ごとに定義し,その適応をⅡA-3-b(p.20)とする。なお,食道胃接合部癌についてはⅡA-4(p.21)を参照。

リンパ節郭清範囲の定義

 系統的リンパ節郭清範囲を,胃切除術式別に以下のように規定する。部分的に規定の範囲を超えて郭清した場合や一部のみ規定に満たない場合は,D1(+No.8a),D2(-No.12a)などのように付記するが,データベース登録時はすべてを満たすDレベルに分類する。

1)胃全摘術(図2

図2

図2 胃全摘術の郭清

 D0:D1に満たない郭清

 D1:No.1~7

 D1+:D1+No. 8a911p

 D2:D1+No.8a,9,11p,11d12a

 食道浸潤癌ではD2にはNo.19,20,110を追加する。

2)幽門側胃切除術(図3

図3

図3 幽門側胃切除術の郭清 

 D0:D1に満たない郭清

 D1:No.1,3,4sb,4d,5,6,7

 D1+:D1+No. 8a9

 D2:D1+No.8a,9,11p12a

3)幽門保存胃切除術(図4

図4

図4 幽門保存胃切除術の郭清

 D0:D1に満たない郭清

 D1:No.1,3,4sb,4d,6**,7

 D1+:D1+No. 8a9

4)噴門側胃切除術(図5

図5

図5 噴門側胃切除術の郭清

 D0:D1に満たない郭清

 D1:No.1,2,3a,4sa,4sb,7

 D1+:D1+No. 8a911p

 D2:D1+No.8a,9,11p,11d

 ただし食道浸潤癌ではD2にはNo.19,20,110を追加する。


食道浸潤癌における胸部下部傍食道リンパ節(No.110)は,切離断端陰性が十分に確保される範囲の食道に付着するリンパ節を郭清対象とする。

**幽門保存胃切除ではNo.6iの郭清が不完全になる場合もあるが,その場合でもDレベルは変更しない。

リンパ節郭清の適応

 原則として,cN(+)またはT2以深の腫瘍に対してはD2郭清を,cT1N0腫瘍に対してはD1またはD1+郭清を行う。術前・術中の腫瘍深達度診断には限界があり,またリンパ節転移がないことを肉眼で確認することはほぼ不可能である。疑わしい場合は原則D2郭清を行う。

1)D1郭清

 EMR・ESDの対象とならないcT1a,および1.5cm以下の大きさの分化型cT1bで,cN0のもの。

2)D1+(「D1プラス」)郭清

 上記以外のT1腫瘍でcN0のもの。

3)D2郭清

 治癒切除可能なcT2以深の腫瘍,およびcN(+)のcT1腫瘍にはD2郭清を行う。胃上部の進行癌に対する胃全摘術で病変が大彎にかからない場合,脾は温存する4)CQ7

4)D2+(「D2プラス」)郭清

 D2を超える拡大リンパ節郭清は非定型手術に分類される。明確なエビデンスはないが,安全に施行可能な状況では次のような術式が行われることがある。

a.大彎に浸潤する上部胃癌に対する脾摘を伴う(または伴わない)No.10(脾門リンパ節)郭清(D2+No.10)CQ7

b.下部胃癌でNo.6に転移を有する場合のNo.14v(上腸間膜静脈リンパ節)郭清(D2+No.14v)。

c.十二指腸浸潤を有する場合のNo.13(膵頭後部リンパ節)郭清(D2+No.13)5)。なお,No.13リンパ節転移は胃癌においては領域外の転移(M1)であるが,十二指腸浸潤癌では十二指腸の領域リンパ節も領域リンパ節とみなすため(TNM分類および胃癌取扱い規約第15版),No.13転移はM1とせず,領域転移リンパ節としてカウントする。

d.高度リンパ節転移を有する胃癌で術前化学療法を行った後に治癒を目指して行われるNo.16(腹部大動脈周囲リンパ節)郭清(D2+No.16)CQ10


食道胃接合部癌

 本ガイドラインでは,腫瘍の部位にかかわらず胃切除術式別にリンパ節郭清範囲を定義しているが,食道胃接合部癌(食道胃接合部の上下2cm以内に中心をもつ腺癌・扁平上皮癌)に限っては,切除術式選択とリンパ節郭清範囲に関するコンセンサスがない。日本胃癌学会と日本食道学会では,cT2‒T4の食道胃接合部癌を対象として前向き研究を行い,リンパ節転移頻度について検討した6)。その結果,食道浸潤長により縦隔リンパ節の転移頻度が異なり,2cm以下(特に1cm以下)では縦隔リンパ節の転移頻度は低率であること,2.1~4.0cmでは下縦隔(No.110)の転移頻度は高率であるが上・中縦隔は低率であること,4cmを超えると上・中縦隔にも転移頻度の高率なリンパ節が認められることが明らかとなった。その結果に基づき,10%以上の転移確率のある領域リンパ節を郭清するアルゴリズムとアプローチを図6に示す。生存の成績が得られていないため,確定された訳ではないが,現時点ではcT2以深の食道接合部癌に対しては本アルゴリズムに従うのが合理的と思われる。

図6

図6 食道胃接合部癌に対する手術アプローチとリンパ節郭清のアルゴリズム


食道・胃の切除範囲

 噴門側胃切除術(+下部食道切除),胃全摘術(+下部食道切除),食道切除・胃上部切除のいずれかが選択されるCQ14

リンパ節郭清範囲CQ1213

 このアルゴリズムに従った郭清が生存の向上に寄与するかどうかは本試験の生存追跡結果を待つ必要があるが,現時点ではcT2以深の食道胃接合部癌に対してはこれに従うのが合理的と思われる。これ以上,あるいはこれ以下の郭清を否定するものではない。ただし,食道浸潤長が2cm以内の場合でも切離断端陰性が十分に確保される範囲の食道に付着するNo.110の郭清は通常行われる。Dレベルは食道浸潤を有する胃癌手術に準じるが,食道浸潤長が4cmを超える場合には,D2にNo.106recR,107,108,109,111,112を含むものとする。


その他

迷走神経温存手術

 迷走神経肝枝(前幹),腹腔枝(後幹)を温存することにより術後胆石症発生の減少,下痢の頻度の軽減,術後体重減少の早期回復など,QOLの改善に貢献するという報告があるCQ4

大網切除

 T3(SS)以深の腫瘍に対する定型手術では通常大網も切除される。T1/T2腫瘍では,胃大網動脈から3cm以上離して切除すれば,それより結腸側の大網は温存してもよいCQ6。現在T3(SS)以深の腫瘍に対する大網切除に対する大網温存の非劣性を検証する試験(JCOG1711)が進行中である。

網嚢切除

 胃後壁漿膜に腫瘍が露出した症例では,網嚢内の微小な播種病変を切除する目的で網嚢切除が行われることがあるが,大規模なランダム化試験(JCOG1001)の結果,その意義は否定された7)

他臓器合併切除(合切)

 原発巣あるいは転移巣が胃の周辺臓器に直接浸潤し,これらの他臓器を合併切除することにより治癒が望める場合に行う。

下部食道へのアプローチ法  

 従来の考え方では,食道浸潤長が3cm以下の胃癌では,開腹・経裂孔アプローチ法が標準であり,3cmを超える場合には開胸アプローチを考慮するとされていた(JCOG9502)8)。最近報告された日本胃癌学会・日本食道学会の共同試験の結果からは,食道浸潤長4cm以下であれば上・中縦隔の郭清を省略できる可能性が示唆された。よって安全な切除,再建が技術的に可能であれば食道浸潤長4cm以下の症例に対しては開腹・経裂孔アプローチが推奨され得る。

腹腔鏡下胃切除術

 cStageⅠに対する幽門側胃切除に関しては,日本,韓国で行われた大規模ランダム化比較試験(JCOG0912, KLASS‒01)において,いずれも開腹胃切除に対する腹腔鏡下胃切除の生存における非劣性が検証された9,10)。したがって,cStageⅠ胃癌に対しては標準治療の選択肢の一つとして腹腔鏡下幽門側胃切除術を行うことを強く推奨する。胃全摘,噴門側胃切除術に関しては,腹腔鏡下手術の安全性を検証する単アーム試験(JCOG1401)が行われ,安全性が確認された11)。生存に関してはJCOG0912の結果が外挿可能と考えられるが,明確なデータが示されていないため,本ガイドラインでは行うことを弱く推奨するCQ1。いずれの術式も内視鏡外科学会技術認定取得医ないしは同等の技量を有する術者が行う,あるいは同等の技量を有する指導者のもとで行うことが条件とされている。

 一方,進行胃癌に対しては,日本,韓国,中国で安全性と長期成績を検討する大規模ランダム化試験が実施されている(JLSSG0901, KLASS‒02, CLASS‒01)。安全性に関してはすでに報告されており,腹腔鏡下手術による合併症の増加は認められなかった12‒14)。生存に関する成績はCLASS‒0115),KLASS‒0216)で報告されており,開腹に対する非劣性が証明されている15)。しかしながら,JLSSG0901の結果はいまだ報告されておらず,cStageⅡ以上の胃癌に対して腹腔鏡下幽門側胃切除を推奨する根拠は十分ではないCQ2

ロボット支援下手術

 胃癌に対するロボット支援下手術は2018年度に診療報酬にも収載されており,より高度な手術が実施可能な方法として多くの施設で実施されている。本邦からは腹腔鏡下胃切除術と比べて術後合併症を低減できるという報告がなされているが,いずれも単アームの試験や後ろ向きの比較試験であり,明確な結果は示されていない17,18)。現在,JCOGにおいて,cT1‒2N0‒2胃癌におけるロボット支援下胃切除術の腹腔鏡下胃切除術に対する安全性における優越性を検証するランダム化比較試験(JCOG1907)が進行中である。現時点ではcStageⅠ胃癌に対してはロボット支援下手術を行うことを弱く推奨する。実施に際しては,術者および施設の基準を満たしたうえで行うことが必要であるCQ3


再建法

 以下のような再建法が用いられる。それぞれに長短がある。これらにパウチを作成する試みもなされているが,その有用性に関してはいまだ研究段階である。

胃全摘術後の再建法

 ・Roux‒en‒Y法

 ・空腸間置法

 ・double tract法

幽門側胃切除術後の再建法

 ・BillrothⅠ法

 ・BillrothⅡ法

 ・Roux‒en‒Y法

 ・空腸間置法

幽門保存胃切除術後の再建法

 ・胃胃吻合法

噴門側胃切除術後の再建法

 ・食道残胃吻合法

 ・空腸間置法

 ・double tract法

このページの先頭へ