Ⅱ章 治療法
切除不能進行・再発胃癌に対する化学療法は,最近の進歩により高い腫瘍縮小効果(奏効率)を実現できるようになった。しかし,化学療法による完全治癒は現時点では困難である。国内外の臨床試験成績からは生存期間の中央値(median survivaltime:MST)はおおよそ6~13カ月である。癌の進行に伴う臨床症状発現時期の遅延および生存期間の延長が当面の治療目標である。
化学療法の臨床的意義は,PS 0-2の症例を対象とした,抗癌剤を用いない対症療法(best supportive care:BSC)群と化学療法群との無作為化比較試験において,化学療法群に生存期間の延長が検証されたことからその意義が認められている108,110,112)。また少数例ではあるが長期生存(5年以上)も得られている。したがって,切除不能進行・再発癌,非治癒切除症例に対して化学療法は第一に考慮されるべき治療法である。
切除不能進行・再発症例,あるいは非治癒切除(R2)症例で,全身状態が比較的良好,主要臓器機能が保たれている症例。具体的な適応条件としては,PS 0-2 で,T4b(SI)あるいは高度リンパ節転移症例,H1,P1 またはその他の M1 を有する初回治療あるいは再発症例,非治癒切除症例があげられる。
第3相試験により得られ論文発表されたエビデンスのうち,わが国の日常臨床で推奨されるレジメンを以下に記す。これら以外のレジメンはすべて研究的なものと考え,今後の研究成果とその評価の確立を待つ。なお新しいエビデンス,あるいは適応承認を含む日常臨床上の有用性が確立した際には,ガイドライン速報として Web 上に公開する。
胃癌に対する初回治療としての化学療法は,第3相試験118)の結果,S-1 +シスプラチンが現時点で推奨できる。イリノテカン+シスプラチンおよびイリノテカン+S-1 併用療法は,5-FU あるいは S-1 単独と比較して生存期間の延長を検証することができなかったことから,初回治療として選択することは推奨できない119,120)。
経口不可,あるいは中等量の腹水貯留や腸管狭窄を呈している場合には,S-1 +シスプラチンが必ずしも適応とならないことが多い。また高齢者についても S-1 +シスプラチンの安全性,有用性は十分検証されたとはいえない。このような症例への S-1 +シスプラチンの適応については慎重に判断する。適応がないと判断された場合には,経口可能であれば S-1 単独120),経口不可であれば 5-FU 単独などの選択を考慮する。
なお,海外で行われた FLAGS 試験では S-1 +シスプラチンの 5-FU +シスプラチンに対する優越性は証明できなかったが123),国内で実施された SPIRITS 試験118)と JCOG9912 試験120)の成績から当面の標準治療として S-1 +シスプラチンを推奨する。
二次治療については,現時点では推奨できる単一のレジメンは存在しない。原則として初回治療で使用されていない薬剤の併用あるいは単独使用となる。
胃癌に特有な腹膜転移例では,メトトレキサート+ 5-FU,5-FU,タキサン系薬剤などが使用され有効例の報告がある。JCOG 0106 試験121)の結果,メトトレキサート+ 5-FU の 5-FU 単独に対する優越性は検証できなかったことから,この対象に対してメトトレキサート+ 5-FU を積極的に推奨できない。
化学療法実施の際には,以下の条件を参考として適応を判断することが望ましい。
単剤,併用療法で全身投与として使用頻度の多いものは以下の薬剤である。5-FU,シスプラチン,イリノテカン,ドセタキセル,パクリタキセル,UFT,5’-ドキシフルリジン,S-1 などや,5-FU +シスプラチン(FP),メトトレキサート+ 5-FU +ロイコボリン,5-FU + l-ロイコボリン,イリノテカン+シスプラチン,S-1+ドセタキセル,S-1 +シスプラチンなどが臨床応用されている。最近では,30~50%程度の高い奏効率を示す治療法も多く報告されているが,奏効率と延命効果,QOL は必ずしも相関せず,最終的には生存期間を指標とした第3相比較試験を実施することにより臨床的有用性を検証する必要がある。
SPIRITS 試験及び JCOG9912 試験成績を統合して判断することにより,現時点で初回治療としては S-1 +シスプラチン療法が生存期間の延長に最も寄与すると考えられる。国内で実施された JCOG9912 試験,SPIRITS 試験,GC0301/TOP-002 試験の成績が以下のように報告されている(表 3)。
なお,術後補助化学療法として S-1 を使用した場合,再発時に S-1 +シスプラチンが有用であるかについての十分な証拠はなく,S-1 内服状況と再発までの期間などを勘案して適応を検討することが奨められる。
表 3 国内での臨床試験と治療成績
欧米では,多くの臨床試験が実施され,DCF(ドセタキセル+シスプラチン+ 5-FU)や ECF(エピルビシン+シスプラチン+ 5-FU)または EOX(エピルビシン+オキサリプラチン+カペシタビン)などの併用療法も使用されている。しかしながら国内胃癌患者にこれらの治療成績が適応できるかについては不明である。少なくとも報告された生存期間や無増悪期間,奏効率では国内で推奨されているレジメンを大きく上回るものはない。薬剤の耐用量は人種差や個人差が認められ,また医療環境の違いもあるため,欧米におけるレジメンをそのままわが国に適応することには慎重でなければならない(わが国ではオキサリプラチン,カペシタビンは胃癌に対して保険適用未承認)。
癌性腹膜炎では,腹水貯留,消化管閉塞,経口摂取不良,低タンパク血症などの合併により全身状態が比較的不良であり注意を要する。初回化学療法例を対象とした比較試験 JCOG0106 が終了し,メトトレキサート+ 5-FU の 5-FU 単独に対する優越性は検証できなかった121)。その他,タキサン系薬剤や,経口可能な症例では S-1 による奏効例が報告されている。
前治療として抗癌剤治療が実施された症例において,治療終了後短期間で再発あるいは治療中に増悪した症例では,一般に前治療で使用されていない薬剤を選択して二次治療を行う。全身状態が良好な場合には,症状コントロールが期待できる可能性があるが,現状では二次治療により生存が延長するという明らかな証拠は確立していない。また,病状進行に伴い全身状態が低下していることが多いので,有害事象の発生とその程度には十分な注意が必要である。二次治療としてタキサン系薬剤,イリノテカンなどを用いたランダム化比較試験が実施されている。
PS 3-4,あるいは高度の臓器障害のある患者は一般に適切な対症療法の適応であるが,あえて化学療法を行う場合はそのリスクについて十分な説明を行い同意を得る必要がある。化学療法により症状コントロールができない場合は抗癌剤治療を終了し,緩和ケアなどに切り替えるなど,適切な対応が必要である。
最近,奏効率の高い薬剤,あるいは併用療法が報告されている。しかし同時に強い有害事象を伴うので,適切な対応と十分な説明が必要である。化学療法歴を有する再発抵抗性症例に対して,これらの治療を行う場合は治療効果や有害事象が初回治療患者と異なることがあるので,慎重な配慮が必要である。
抗癌剤治療は安易に施行すべきではなく,十分に修練を積んだ専門家,あるいはその指導のもとに施行することが推奨される。